― 巨匠の紹介&茶葉について

和敬清寂 わけいせいじゃく

森田治秀氏近影

京都宇治 もりた園

森田 治秀

1951 年 2 月京都府生まれ。
母親の里でもある京都宇治の有名老舗店「株式会社堀井七茗園」に入社。
お茶のみききや仕入、販売方法に至るまで、お茶の基本を学び、たちまちその才能を開花させる。

1969 年京都府茶業連合青年団の宇治団に入団した最初の年に、第17 回全国茶審査技術競技大会にて初出場・初優勝・最年少優勝(当時 19 歳)で、農林水産大臣賞獲得という華々しい全国デビューを飾る。

その後も第 28 回・第 39 回と合計 3 度の全国大会優勝という前人未踏の記録を打ち立て、1994 年、その功績は茶鑑定士の当時の最高段位である茶審査技術 9 段を授かるという快挙を成し遂げ、名実共に日本最高峰の茶鑑定士となった。

その後『京都宇治 もりた園』を開店。茶を知り尽くした長年の経験値と類稀なる味覚・嗅覚からつくりだされる品質本位のお茶づくりを続けている。

<監修>

・モロゾフ 京都宇治抹茶プリン第1弾~3弾「翠緑」「芳緑」「天緑」
・ファミリーマート オリジナル抹茶シリーズ第1弾「芳彩」第2弾「仁緑」(フィナンシェ・バウムクーヘン・パウンドケーキ・カステラ・抹茶大福)
・フーズクリエーション 和カフェ「茶想もりた園」2022年より全国6店舗展開

森田治秀氏の言葉
森田賢二氏近影

京都宇治 もりた園
茶寮部 京都互福庵 代表

森田 賢二

1955 年 11 月 京都府生まれ。
兄の後を追うようにお茶の世界へ入る。
1974 年京都祇園辻利へ入社、茶寮辻利の初代チーフを任される。
そこで賢二氏が考案したのが、当時革新的だったお濃茶スイーツである。
当時の常識として”お濃茶は点てて飲むもの”であって”食すもの”として扱われていなかった。しかも宇治抹茶の高級お濃茶をふんだんに使用しているスイーツということで、作法なしで高級宇治抹茶を味わう新しいスタイルが日本中から注目を集めた。当時喫茶店でコーヒーを飲むことが主軸だったのに対し、老舗茶屋が営む喫茶店が大変めずらしかったこともあり、お茶業界に新風をもたらした。

そして、京都を訪れることができない全国の皆様にもお濃茶スイーツを味わっていただきたい、宇治茶の素晴らしさを知っていただきたいという強い思いを抱き、独立して京の出張茶寮「且座喫茶 京都互福庵」を開業。職人が自ら皆様の地元に出向き、美味しい宇治茶と、国産最高品質の食材を使ったスイーツで京都本場のおもてなしをする。

さらにそのノウハウを活かして、全国の抹茶スイーツの名店のプロデュースを数多く手がけており、まさに今日まで続く抹茶ブームの仕掛け人といえるだろう。

森田賢二氏の言葉